先行配信vol.5

  直人と友達になったのは僕が五歳になったばかりの頃、まだ絵を描き始めたばかりの頃だった。
 きっかけは母さんと公園の砂場で一緒にお山を作っているときだった。
 僕が直人の気配に気づいて「こんにちは」と挨拶したのだけれど直人は何も答えない。いったいどうしたのかなと不思議に思っていると、無言のままお山作りに参加してきたのだ。彼らしいと言えば彼らしい。
 僕は嬉しい感情よりも先に意外な思いを抱いた。
 当時から僕が全盲であることは近所では知られていて、気を遣ってか、それとも差別か、僕と母さんに近づく者はほとんどいなかったから。
 聞けば直人は最初、僕が〝全盲の子〟だとは知らなかったらしいけど、僕が〝全盲の子〟だと知っても態度は変わらず友達のままでいてくれた。
 やんちゃで口が悪いから誤解されやすいけれど、本当は正義感が強くて面倒見がよくて、とても優しい奴なんだ。
 彼は僕とただ遊ぶだけじゃなく、目が見えないとはどういうことか、目に障害のある人とどう付き合えばいいかを、僕の知らないところで母さんに訊いてくれていたそうだ。
 一生懸命僕のことを知ろうとしてくれているのを知ったとき僕は泣いた。初めて親友ができたと思えた瞬間だった。
 彼と一番よく遊んだのは五歳から六歳になるまでの一年間。
 僕からは何だか誘いづらくて、それを知ってかいつも直人のほうから誘ってくれた。
 遊ぶ約束がない日も、ふと直人がやってきてくれないかなあと思うと本当にやってきてくれたっけ。
 僕のテレパシーを感じ取るエスパーみたいに。
 小学校に上がると同時に直人はサッカーを始めたからだんだん会う回数が減っていったけれど、それでも時間を作って会いにきてくれて、僕の絵を褒めてくれたり、サッカーの話をしてくれたりした。
 僕は自分の絵を褒められるよりも、直人がサッカーの話をするほうが嬉しい。
 直人にはもっともっと上手くなってもらって、試合で活躍して、将来はプロのサッカー選手になってほしい。
 でもここ最近の直人の話を聞いているとどうやらサッカー選手になるつもりはないらしい。
 それよりも彼が今よく話題に出すのはある女の子のこと。
 それは僕もよく知っている女の子。
 九年前、直人と初めて砂遊びをした日、実はもう一人お山作りに参加してきた女の子がいた。
 男の子二人に交じってせっせと山を作っていき、やっと完成したと思ったら、もっとお姫様が住めるような形にしたいとワガママを言って、せっかく作ったお山をグチャグチャに壊してしまったんだっけ。
 その女の子こそが今直人が恋心を抱いている人。
 藤木ともえ。僕は彼女と直接話すときは藤木さんと呼ぶけれど、心の中ではともえさんと呼んでいる。一方彼女は僕のことを『クロちゃん』と呼ぶ。黒澤だからクロちゃんだ。
 彼女は僕の家の二軒隣に住んでいて、年は僕たちと同い年。直人と同じ中学校に通っていて、バスケ部に所属しているそうだ。
 直人が彼女に恋心を抱くようになったのは意外と最近だ。幼い頃からの仲だからずっとただの女友達としか見ていなかったようだけれど、たまたま一緒に下校したとき偶然彼女の手に触れて、それ以来彼女を意識するようになったそうだ。
 彼らしいと言えば彼らしいし、らしくないと言えばらしくないのだけれど、僕はその話を聞いたとき、何だかいいなあと思った。直人のことが色々な意味で羨ましかった。
 直人曰く、彼女のほうは直人を友達としか見ていないらしくて、幼い頃からの仲だから直人は彼女に想いを伝えにくいようだ。
 いつも強気な直人だけれど、彼女の話題になると人が変わったみたいに弱気になる。
 直人の最近の一番の悩みは、直人よりもともえさんのほうが若干背が高いことらしい。
 今一番の願いは、春休み明けのクラス替えで同じクラスになること、だそうだ。
 彼女の話を一通りしたあと、決まって直人は僕に、どうやって想いを伝えたらいいか一緒に作戦を考えてくれと言う。人に好きだと言ったことのないこの僕に、だ。
 さらには、僕のほうから彼女にそれとなく気持ちを訊いてほしいとまで言ってくる。近所だから訊こうと思えばすぐ訊けるだろうと軽い調子で言ってくるのだ。
 そう頼まれるたびに僕は困惑する。
 確かに二軒隣に住んでいて幼い頃から知ってはいるけれど、特別親しいわけではない。
 よく遊んでいたのは幼い頃のたった一年間だけだし、遊ぶときはいつも三人だった。二人で遊んだことは一度もない。
 ただ二人で帰ったことはある。彼女に手を引いてもらって。
 それが彼女との一番の思い出。
 いつも僕は全身ガチガチで何も喋ることができなかったけれど、心の中では明日も明後日も一緒に帰れたらいいなあと思ってた。
 でもその想いとは裏腹に楽しい時間はそう長くは続いてくれなくて、小学校に上がった頃からぱったりと遊ばなくなってしまった。
 家が二軒隣だから朝家を出る際たまに会うけれど、ほとんどは挨拶で終わってしまう。呼び止めれば話すことはできるけれど……。
 もっとも話す機会を作ったとして、僕のほうから訊けるはずがない。
 二人が恋人同士になるべきだと知ってはいるけれど。


最後の先行配信vol.6は11/21(木)の予定です。