先行配信vol.3

 世の中に存在するありとあらゆる色を見てみたいという思いと同じくらい、僕は自分が描いた作品を見てみたいと思う。
 やはり自分が描いた作品を自分の目で見られないのはとても辛い。
 気分によっては自信をなくすこともある。
 僕が描けないのは本当に風景だけなのだろうか、と。
 実は一番好きな花さえしっかり描けておらずデタラメなんじゃないかと。
 母さんや周りの大人たちは皆上手上手と言うけれど、それはきっと目が見えないわりに、という意味が含まれているだろうから僕は自分の本当の実力が分からない。
 実際僕が描いた絵はどんな絵なのだろう?
 もし仮に神様が一度だけ自分の作品を見る機会を与えてくれたとして、目の前にある絵がとてつもなく下手だったらどうしよう……。
 何だかんだ言って、きっと僕は落ち込むよりも先に笑ってしまうんだろうなあ。
 そしてすぐにまた新しい絵を描くんだろう。
 いくら下手でも絵を描くのが好きなことに変わりはないのだから。

 桜の花の絵を完成させると母さんが後ろでパチパチと手を叩いてくれた。
「上手上手。よくできたねシンちゃん」
 伸也だからシンちゃん。僕はそろそろ普通に伸也と呼んで欲しいのだけれど、母さんにとって僕はいつまでもシンちゃんらしい。
 僕はありがとうと言って母さんの方向に手を伸ばす。
 すっと母さんが僕の手を取って、僕をベンチに座らせてくれた。
 絵を描き終えた僕の身体は徐々に熱が引いていく。濡れたTシャツが冷たくなって僕はくしゃみをした。鼻水が出てしまい困っていると、母さんが僕の口元にハンカチをあてた。自分でできるよと言っても母さんは大丈夫と言って最後まで僕に任せてはくれなかった。
 まるで赤ん坊だよと思った。
 誰も見ていないかな。
「シンちゃん、まだもう一つおにぎり残ってるよ。食べる?」
 そう言われると急にお腹が空いてきて、僕は首を縦に大きく振って母さんからおにぎりを受け取った。
 ノリがシナシナになったおにぎり。
 一口目でたらこにたどり着いた。
「おいしい?」
 僕はモグモグしながらウンウンと頷いた。
 ふと母さんが僕の額にベッタリとついた髪の毛をかき分けた。
「今日は暑いねえシンちゃん」
「まるで夏だね」
 僕と母さんはぼんやりと生温い風に浸る。
 母さんは今何を眺めているのだろう。
 同じ景色を一緒に見たいと思うけれどそれは叶わない。
 僕は青い空を見上げた。
 青い空ってどんな色なんだろう。
 空ってどんな眺めなんだろう。
 空には白い雲がたくさん浮かんでいるんだよね。雲って綿菓子みたいな形をしているって母さんに教えてもらった。
 僕は自分なりに空をイメージしてみるけれど色が分からないから感動がない。
 空に触れれば少しはイメージができるのにと思う。
「そろそろ帰ろうか」
 母さんが僕のほうを向いたのが分かった。
「買い物して帰ろうか」
「そうだね」
「晩ご飯何が食べたい?」
 僕は迷わず、
「ハンバーグ」
 と答えた。八割以上ハンバーグをリクエストするから母さんは呆れた声で「またあ?」と言った。
「いいのいいの」
 僕はベンチに立てかけてある白杖を手に取り立ち上がる。今は隣に母さんがいるからいいけれど、一人のときは杖がないと目的地にまでたどり着けない。仮に突然手から離れたら急に不安になって動けなくなってしまうと思う。
 白杖は僕の相棒。目の見える人からすると大袈裟かもしれないけれど、本当なんだ。
 僕と母さんは寄り添うようにして歩き出す。
 母さんが僕の左腕をしっかりと握ってくれているから僕はとても安心する。
 公園を出たのかな。
 柔らかい地面からアスファルトに変わった矢先だった。
 遠くのほうから「伸也、伸也」と聞こえてくる。
 どうやら僕の背後、六時の方向からのようだ。
 僕は母さんの袖を掴んだまま振り返った。
 姿は見えずとも、声で誰なのか分かる。
 直人だ。

先行配信vol.4は11/14(木)の予定です。